アナと雪の女王

アナと雪の女王』レビュー!

白く暗い闇の中で手紙を書く生活ももう三年が経過しました。

私達の街が蹂躙され、文官に近かったとはいえ配属を受けていたがために連れ去られ、番号を付けられて丸太の宿舎に押し込められては日々交代で大きな木を切り倒し続ける生活。看守の目付きに見て見ぬふりをしながら黙々と作業に取りかかり、鋸を挽いては倒れた木に縄をかけて麓まで運ぶ男達に渡し、手を抜けば殴られ、力を込めればノルマが増え、笑えば看守の顔が視界に入り、泣けば部屋にも居場所が無くなる。

そう言った日々を唯一慰めてくれたのが、お姉さまに貰った小さな熊のぬいぐるみでした。決して可愛いとは言えない、なんとか身体検査をくぐり抜けて持ち込まれわずかな小さな宝石が中に埋め込まれた今となっては薄汚れたそれは、きっとお姉さまがこの事態を察知して私に渡してくれたのでしょう。暗く揺れるカンテラの明かりだけを頼りに、袈裟にさげた熊を取り出してはもう行方も分からないお姉さまに向かい自らの近況を剥がした木皮の裏に書く、その間だけは寝床を這い回る南京虫の感触を忘れ幸せな時間に浸ることができました。

手紙には楽しいことだけを書きました。鋸のしなるふわっとした優しい音、たまの待機に聞く深々と積もる静かな雪の音、スープに時より混じるタラの白い身、ケディの笑う声。しだいに手紙にはケディのことばかり書くようになりました。年齢をごまかして配属を得たので私達のなかではとびきり一番に若く、そしてとびきり明るい子でした。宿舎の作業を押し付けられ、錆びた鋸ともう碌に体が動かない人とペアにされて仕舞ってもいつだってニコニコと笑っていました。くるくると働くその手つき、タラの身を掬っては歌うように歓声をあげるまん丸の目、満足に体も洗えないなかでも綺麗にといた茶色の髪の毛。ケディはともすれば沈みがちな私達を優しい気持ちにしてくれました。

しかしひときわ寒いある日にケディの姿が見えなくなりました。見張り所に駆け込んで看守に話をしても何もしてくれず、橇など出してくれる気配すらなく、仕方なく私達は、正確には私達のなかの一部が、四人一組で吹雪の舞う森の中を探し廻りました。ケディを呼ぶ声はあっというまに森の中に吸い込まれていき、膝までもぐる雪が私達を襲いました。夜半を過ぎて私達は宿舎に戻り、凍えながら重なりあって朝を迎えたものの、ケディの姿は見当たりません。鋸を挽く生活が真っ暗なものになり、私達は物も言わず木を切り倒しつづけました。気候など関係なく、私達は全くの闇の中を彷徨っているようになり、何を食べても味がせず、木を切る鋸の感触はなくなり、倒れるものも出てくるようになりました。これまでも弱っている者からいなくなっていきましたが、それに拍車がかかり、私達の宿舎もどんどん閑散としていきました。

ケディが見つかったのは翌月でした、徘徊し遭難して倒れ込んだのが川の水面であり溺れて流されたらしく川の下の方に浮かんでいた、という看守の説明でした。しかし再三の求めは冷たくあしらわれ、結局遺体には会わせてもらえませんでした。私達はただ彼女の荷物だけを埋め、木片で小さな祠をつくることが精一杯。お姉さまに書くことが無くなり、鉛筆と熊をただ見つめるだけになりました。

私の世界は暗いものとなりました。この白く静かな闇の中でただ命を磨り減らして生き、擦り切れた瞬間が私の最後として消え去ることとなるのでしょう、何のために私は生きてきたのか。突如として幸せだった、そう、今よりも幸せだった時の記憶が衝撃のように私を襲ってきました。おじさま、先生、アントン、お母さま、お父さま、お姉さま、ケディ、ああ、あの街よ、あの世界よ、降り注ぐ太陽、健やかな風、果実の香り、青い空よ!私にはもう幸せと呼べるものなど何一つ残っては居ないのです、もう焔は消え去りました、この白い闇の中で私は朽ちていくしかないのです。

私は熊を持って宿舎を出ました。不思議なことに裸足でも寒さなどは全く感じません、熊から取り出した裸石を持って看守に近づきました。銃を向けてきたひげ面の男は、

銃を向けるでもなくにやけた笑いを向けてきた看守に宝石をその手に握らせながら笑いかけると彼は白く濁って頽れました。

柵を越えた私はもう自由でした、木々の中を泳ぐように駆け抜けると私のまわりには白い光が溢れているようでした。体も軽く、この光が全てを覆い、目もくらむように私を包み、気が付けば豪奢な椅子に座る女性の前に立っていました。横にはケディが、私に向かい微笑んでいます。その女性は羽衣を取っては私に被せ、こう言いました、アナ、貴方は選ばれたのです、こうして雪の世界へと誘われ私達とともにこの冬の世界を守り続けるよう。ケディが貴方のことを話しておりました、そう、この世界に焔など必要ありません、雪を、完全なる白き雪を。アナよ、我らとともにこの不完全なる世界を十全たらしめようではないか。私は羽衣を肩にかけてうなづきました。

小屋から運び出された白い身体が川へと投げられるのを見かけましたが、私にはもう関係のないこと。なぜなら、この雪の世界を、女王とともに完璧に美しいものへと変えていくことが出来るのですから!私は小屋にそうっと息を吹きかけました。見る間に小屋が白く埋まり、さらに私は小屋をつまみ、優しく押しつぶしました。世界はあくまで白く、また世界がこれで十全に近づいたのです。お姉さま、女王さまにお願いすれば会わせて頂けるでしょうか、この世界が白く綺麗なもので満たされたら、またお手紙を書こうと思います。私は元気です。またいずれのとき、いずれかの地で、ふたたびお会い出来んことを。